ざっくり箱

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あの話の続き⑦ [マツコの憂鬱 ~好き嫌い編(後)~]

実は苦手だった「おふくろの味」。
味噌1子供の頃、みそ汁が好きではありませんでした。
だから私にとって「みそ汁」はずっと
「美味しくない食べ物」という位置づけ。

その認識が変わったのは、大人になってから。
外で食べる頻度が増え
「あっ、うまいみそ汁もあるんだな」と。
味噌2要は、母の作るみそ汁が
自分好みではなかったのです。

なんだろう…
なんかこう、クセがあった、というか。
具にしても好みでないモノが多く。
油揚げ、茄子、玉ねぎ…。
味噌9では、母は料理下手だったかというと、
そうではなく。
元々、家庭科の先生やってた人だし。
それにウチの家族は皆、
問題なく頂いていたので。みそ汁に関しては、
私だけフィットしなかったんだと思う。
味噌3だからといって、
母にその事を言ったことはありませんでした。
子供ながらにも「養ってもらってる側」
という感覚があり
味付けのことで文句を言う、という
発想そのものがなかった。
味噌7子供の頃、母と兄が
口喧嘩になったことがありました。
兄は勢いにまかせ、食事にも文句を言い始め。
もっといいモン食わせろ、と。
別にウチは、
貧しい食事じゃなかったと思うんだけど…
味噌19母が「じゃあ、お前は何が食べたいんだ」と聞くと
「ビフテキだ!!」と。
出せるもんなら出してみろ!みたいな感じで。
確かに当時のステーキ肉は、
かなり高額だったと思います。
しょっちゅう食べられるもんじゃなかった。
味噌4けど「いい食いモン→ビフテキ」…
という直球すぎる選択が痛いし、
「ビフテキ」という言葉のチョイスも、
なんか貧乏臭く。

あの時の母の、なんともいえない表情というのは、
ちょっとしたトラウマになりました。
味噌21私が言った言葉じゃないけど、
自分が傷つけてしまった的な。

いつだったか。
母が創作料理っぽいものを作ってみて
「これ、どう?」と。
正直「うーん…」って感じだったのですが。
味噌22やっぱり、その「うーん」は伝えられず
「いいと思う」と言ってしまい。
いや、だって「自信作です」みたいな
顔してんだもん。「うーん」とは言えないわ。

本当に「これはヒットだ」と思った時は、
素直においしいと言ってました。
味噌12母の作るハンバーグが好きだったのですが、
ある時、いつも以上においしく感じたので
「なんか今日の、すごいおいしんだけど」と言うと。
母は、そうだろう、○○産の和牛を使ったのだ、
と嬉々として、あーだこーだ教えてくれました。

高校の時のお弁当で、
味噌18たまにサンドウイッチの時があり。
あれはテンション上がったなぁ。
けど、お弁当の感想を言ったことは
一度もなかったと思う。
今にして思えば、もっと
「おいしい」を伝えてあげればよかったな、と。
味噌17かなり内輪の話になりますが。私んちは
19才の時に父が他界し。母も思いのほか
長生きではありませんでした。
介護生活というのは、まぁ、なにかと大変です。
とりわけ日々の献立を考えるのが、
なかなか、どうして。
病人食なので食べやすさ、品数とか
味噌29細かく考えなきゃなんないし。
あと、飽きないように変化をつけるの、とか。

母としては、まさか自分が
子供に食事を作ってもらう日が来ようとは…
という気持ちもあったのでしょう、食卓に
付くと「いただきます」じゃなく
味噌8「すみません」と言ってました。

私の作るみそ汁は、母の口に
合うだろうか?…と心配だったのですが。
意外や気に入ってくれて。
「出汁がきいてておいしい」と
おかわりしてくれて。私は
味噌5「そうだろう、これは野菜をベースに
しているのだ…なんちゃら」と
説明しながら、ふと
「なんか昔と逆だなぁ」みたいな。
まあ、アレよね。褒めて伸びるのは子供だけでなく。
親や嫁さんも同じだと思います。



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  1. 2013/12/15(日) 20:00:00|
  2. マツコ・デラックス