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冷たい土の下 ~千葉・18才少女 生き埋め殺人⑦~

愛は子供を救う。
jun9
【ある不良少女の話】

「純」は川崎生まれの少女。

中学に上がるやいなや、トラブルを起こし。
親は学校に呼び出され、後始末に追われる。
jun4
[当時の母の日記]
    ↓
これも親の責任。
でも、これで最後にしてほしい。


純の反抗、夜遊びはおさまらず。
jun8親は頭ごなしに叱り、娘は反発。
悪循環の関係になり、家庭内暴力が始まる。

母親に「金を出せ!」と殴り。

父親と取っ組み合いのケンカ。

jun2「鑑別所に行け!」と言われ、
純も「お前ら、そんなことするなら
ウチもとことんぐれてやる!」と、売り言葉に買い言葉。

[当時の母の日記]
    ↓
「純、毎日夜に出てゆく。この日は朝帰り。
 探し回って、とことん疲れた。
 どうしたらいいのか全く分からない。
jun5 どんどん落ちてゆくように見える。
 でも、他の4人の生活も大切だし」


「夫、川崎の青少年相談センターへ行った。
 一通り様子を話してきたようだ。
 忙しい中、子どもの為に動くのは大変だと思う」


jun13中学を卒業する頃になると、
純の暴走も沈静化してくる。

[当時の母の日記]
    ↓
「悪夢もようやく終わりに近づいたかな?
 辛かったな。
jun20 今後はお金、しっかり かせがなくっちゃ。
 何事もない日がこんなに幸せに思えるとは」


純は、こう振り返る。
    ↓
「親が、更正してほしいと、よかれと
  思ってやってることも全部
繁華2  ウチにとってはウザイことだったり
  面倒くさいことだった。

  最後はその子が気づくしかない。
  ウチも、気づく一瞬があったし。
  そのときに立ち直るか立ち直らないかなので、
  親がどんなに頑張ったって、無理なときは無理」

純5
この少女「純」とは、
タレントの「小森純」のこと。

彼女は「すべて悪循環で、親が
どうしてても(自分は)変わらなかったと思う」と言うが。
果たして本当にそうだろうか。
jun18
[当時の母の日記]
   ↓
2000年7月16日
夜、また遅い彼女を探しに出る。
どこまでも捜すよ。
まだ心配するよ。

jun10
どんなに娘が荒れ狂っても、
親があきらめなかった、見放さなかった…
というのが大きいと思う。

純には、姉と妹がおり。
親としては、次女ばかりに、
jun12時間を取られるわけにもいかない。

サジを投げられ
「施設預かり」になっても
仕方なかったかもしれない。

また「勘当」状態になれば、
jun24仲間のところを
転々とすることになっていただろう。
その流れから、少女が事件に
巻き込まれたケースがどれだけあることか、と。


2003「千葉・16才少女 墓場リンチ殺人」
jun32013「広島・16才少女 LINEリンチ殺人」
2014「神戸・小1女児 バラバラ殺人」
2015「川崎・中1男子 首切りリンチ殺人」
2015「千葉・18才少女  生き埋めリンチ殺人」
2015「横浜・17才専門学校生 泥酔溺死事件」
2015「愛知・高1男子 溺死リンチ事件」
2015「寝屋川・中1男女 監禁殺人」

jun16
これらの事件に共通するのは
「夜遊び」または「親の放任」だ。
親が制止しても子供が言うことを聞かず、
夜、出て行ってしまい、お手上げなケースもあるだろう。

が、小森純の母は、それでも
繁華4娘に食らいついた。
どんなにウザがられようが、娘を探しに出かけた。

夜遊びを見逃す親と比べると、
「親としての根性の据わり方」が
違うんじゃなかろうか。そんな気がしてくる。

jun17小森「(親の気持ちを)もっと早く気づけばよかったって、
    今になってすごく思うの。
    こんなに迷惑をかけて…それでも見放さなかった。
    ずっと見ててくれた親って、
    すごい大切にしなきゃいけない人だし。

    私はこの過去が、
    消せるんだったら消したいって思う。

    “自分が親に対して素直になれない”ってことを
    わかってるってことは、まだ全然救いようがあることで。
    ちょっとがんばってみればいいなと思う」







坂5
[坂本博之は、なぜ人の道を逸れなかったのか]

ボクシング 元・日本ライト級王者の
坂本博之は施設育ちで、
“リアル・タイガーマスク”と呼ばれている。

坂10その幼少期は悲惨だった。

6才の時、1つ下の弟と共に
遠縁の親戚に預けられ。

そこで待っていたのは、
強烈なネグレクト生活だった。
坂2      ↓
◎寝床は玄関口。バスタオル1枚敷いて寝ていた。

◎家のトイレを使わせてもらえない。弟が
 粗相をすると「兄貴の責任」と言われ殴られた。

◎小学校に上がると食事は給食のみ。
坂
◎飢えをしのぐため、ザリガニやトカゲを食べた。

◎公園のゴミ箱を漁り、弁当箱に残る
  ご飯粒を指ですくって食べた。

◎叔父に不満を言うと
坂4  顔の形が変わるほど殴られた。


やがて弟が栄養失調で倒れたことで、
虐待の実態が発覚。
坂本兄弟は
施設に引き取られ、命拾いをした。
坂8
親戚の家で
悪環境で育ったにもかかわらず、
坂本が「おかしな方向」に行かなかったのは
「母親の存在」が大きかったと思う。

離れ離れになってはいたが、
「母に捨てられた」とは思っていなかった。
坂11
もし、坂本が「俺も弟も、お母さんに愛されてない。
見放されたんだ」と捉えていたら、
誰も信じない、心を閉ざした子供になっていただろう。

坂本兄弟が、母と
暮らせるようになったのは、小3になって。
坂12
坂本「中学に入ってからは、弟の躾を厳しくしました。
   門限も俺が決めてたし。
   それはおふくろが僕を躾けてくれたからです。
   幼少期にそんなおふくろを見て育ったので、
   弟にも厳しく躾けたんですね。
   あとは、弟に厳しく言う以上は
   僕自身が弟の手本になんなきゃいけないと
坂7   思ってましたから、
   いい加減なことはできませんでした」


もうひとつ、坂本の
支えとなったのが「弟の存在」。

親戚宅に預けられる際、坂本は
坂14母に「直樹を頼むよ」と言われ
「わかった、まかせて」と答え。

坂本「小学生ながら、弟の面倒を見なきゃいけない
    という使命感がめちゃくちゃ強かったですね。
    俺の命にかえても、直樹だけは守らなきゃって強く思ってた。
    弟がいたからこそ、あそこで踏ん張れたんです」

坂13

坂本は引退後、ボクシングの指導者になり。
また精力的に、全国の施設を回っている。

「俺たちは、施設に命をつないでもらった。
だから今度は俺が恩を返す番なんだよ」と。
坂17

坂本「生い立ちが暗くわびしいものだったとしても、
   懸命に生きれば人生は切り開いていける。

   信じる心を失っても、なんかのきっかけや
   人との出会いで、人は取り戻すことができるんだよね。

   それを伝えていく自信はあるんだ。
   なぜなら俺がその証拠だから」








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  1. 2015/08/28(金) 20:00:00|
  2. あの騒動